三韓(さんかん)は、紀元前2世紀から4世紀にかけての朝鮮半島南部に存在した部族とその地域。朝鮮半島南部のことを韓と言い、風俗や言語によって大きく3つに分けられたことから三韓と呼んだ。
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馬韓 - 西部に位置し、五十数カ国に分かれていた。言語は辰韓や弁韓とは異なっていた。のちの百済、現在の京畿道・忠清北道・忠清南道・全羅北道・全羅南道に相当する。ただし、京畿道・忠清北道・忠清南道を含まないとする説もある。
辰韓 - 馬韓の東方に位置し、12カ国に分かれていた。言語は馬韓と異なり、弁韓と類同していた。のちの新羅、現在の慶尚北道・慶尚南道のうち、ほぼ洛東江より東・北の地域である。
弁韓(弁辰) - 12カ国に分かれていた。言語は馬韓と異なり、辰韓と類同していた。のちの任那、現在の慶尚北道・慶尚南道のうち、ほぼ洛東江より西・南の地域である。ただし、全羅南道を含むとする説もある。
辰韓と弁韓とは居住地が重なっていたとされるが、実際の国々の比定地からみるとほぼ洛東江を境にして分かれているのが実態である。
辰韓の12カ国は「辰王」に属していたが、辰王は馬韓人であった。